| オリンパスPENとパナソニックGF1の撮り方手帖 E-P1/E-P2 DMC-GF1対応版 |
| 1 カメラの基礎を理解しよう ・小さくて軽い一眼カメラ、それがマイクロ一眼 ・撮影の準備をしよう ・PENの操作を覚えよう ・GF1の操作を覚えよう ・写真についてあの人に聞く【その1】カメラ女子「きょん♪」の簡単ステキ写真術 きょんさん 2 アートフィルター/マイカラーで撮ってみよう ・ダイヤルを回して撮りたいモードを選ぶ ・簡単におしゃれな写真を! アートフィルターとマイカラー ・風景が箱庭になる「ジオラマ」 ・色のころびが楽しい「クロスプロセス」 ・淡くせつない思いが写真になる「デイドリーム」 ・カッコいい作品が撮れる「ラフモノクローム」 ・トイカメラで撮ってみたように「トイフォト」 ・夢の中にいるような世界「ファンタジックフォーカス」 ・シャドーもハイライトも柔らかく描写する「ライトトーン」 ・強烈な色彩のインパクト「ポップアート/ポップ」 ・重厚感をかもし出す落ち着いた雰囲気「シック」 ・夕焼けや逆光を強調して表現する「シルエット」 ・色あせた懐かしい写真に「レトロ」 ・ぴっかぴかの肌ができ上がる「eポートレート/美肌」(シーンモード) ・写真についてあの人に聞く【その2】Elegance Style firstsnowsさん FEATURES マイクロ一眼とのコーディネイト PENとGF1をおしゃれに持ち歩く ・マイクロ一眼でコーディネートする PENとGF1のおすすめスタイリング ・マイクロ一眼に似合うストラップを探そう 最新ストラップ・ミニカタログ ・自作ストラップでカメラをコーディネート 自分流ストラップの作り方 ほか 3 思いどおりに撮りたい! ・縦に横に、またアングルを変えて ・画面のバランスを考える ・光を味方にして撮る ・イメージ通りの写真を撮る秘訣は「露出」のコントロール ・露出補正でイメージどおりに ・シャッターチャンスを逃さないプログラムAE ・絞り優先AEでボケ味を生かして撮る ・シャッター優先AEで時間を表現する ・露出を変えたくない時はマニュアル露出で ・ムービーを録れるのも楽しみのひとつ ・写真の縦横比を変えてみよう ・ISO感度は上げすぎないように ・オートフォーカスは奥が深い ・光の色を正しく表現するホワイトバランス ・絵づくりをコントロールするカラーモード ・モノクロ写真を楽しもう ・写真についてあの人に聞く【その3】オリンパスイメージング アートフィルターはなぜ生まれたか? 4 PENとGF1の世界を広げよう ・レンズによって写る範囲が変わる ・レンズの種類とそれぞれの特徴 単焦点レンズ/広角レンズ/望遠レンズ/高倍率ズームレンズ/マクロレンズ ・アダプターでフォーサーズ規格のレンズも使える ・電子ビューファインダー(EVF)でより被写体をとらえやすく ・フラッシュがあれば暗くても大丈夫 ・料理や雑貨の撮影は三脚を使うと快適に撮影できる ・おしゃれなぶれもある! 手ぶれと被写体ぶれ 自分好みのシーンを撮る ・自宅で料理を撮る ・カフェでケーキを撮る ・お店の料理を撮る ・イルミネーションを撮る ・きれいな花を撮る ・かわいい子どもを撮る ・ペットをかわいく撮る ・シャッターチャンスをのがさずスナップを撮る ・かわいい雑貨を撮る ・不思議な多重露出で撮る APPENDIX ・マイクロ一眼Q&A ・写真で広がるコミュニティの輪 |
2010年2月18日木曜日
オリンパスPENとパナソニックGF1の撮り方手帖 E-P1/E-P2 DMC-GF1対応版の目次
2010年2月17日水曜日
米沢富美子著「人物で語る物理入門」読了
上巻を読まずに下巻のみ読みました。
Einstein,Bohr, Hubble, Meitner, Curie, Oppenheimer, 湯川・朝永, Bardeen, Gell-Mann
が取り上げられ、20世紀の相対論、量子力学から核物理、素粒子論、固体物性などの様々な分野の流れを概説してくれます。
この手の本は、講談社のブルーバックスが出始めた頃によく読んでいましたが、久しぶりに読むと、昔と違った理解ができ、面白く読めました。これに続いて、ブルーバックスの「物理学天才列伝」下巻という新刊が図書館の棚にあったので、読み始めています(こちらも上巻はなく下巻から)。こっちの本は、
Planck, Pauli, Heisenberg, Schlesinger, de Broglie, Rutherford, Fermi, Dirac, Feynman, Chandrasekhar, Hawking
などが書かれています。
この本には、第二次大戦前にはアメリカにも、ユダヤ人を特別に扱うことがあったことが書かれていて、Feynmanはこのためにコロンビア大学への入学を拒否されたり、プリンストンの大学院への入学の際にも、入学委員会での抵抗にあったことが書かれています。Meitnerのノーベル賞の件といい、日本人にはない感覚が欧米人にあるということがよく分かります。
米沢さんの本はこれに加えて、女性という別ファクターに対する抵抗があちこちで書かれていました。やはり米沢さんご自身がこれまでに、多くの抵抗を経験しているのだな~と感じられる文章でした。
Einstein,Bohr, Hubble, Meitner, Curie, Oppenheimer, 湯川・朝永, Bardeen, Gell-Mann
が取り上げられ、20世紀の相対論、量子力学から核物理、素粒子論、固体物性などの様々な分野の流れを概説してくれます。
この手の本は、講談社のブルーバックスが出始めた頃によく読んでいましたが、久しぶりに読むと、昔と違った理解ができ、面白く読めました。これに続いて、ブルーバックスの「物理学天才列伝」下巻という新刊が図書館の棚にあったので、読み始めています(こちらも上巻はなく下巻から)。こっちの本は、
Planck, Pauli, Heisenberg, Schlesinger, de Broglie, Rutherford, Fermi, Dirac, Feynman, Chandrasekhar, Hawking
などが書かれています。
この本には、第二次大戦前にはアメリカにも、ユダヤ人を特別に扱うことがあったことが書かれていて、Feynmanはこのためにコロンビア大学への入学を拒否されたり、プリンストンの大学院への入学の際にも、入学委員会での抵抗にあったことが書かれています。Meitnerのノーベル賞の件といい、日本人にはない感覚が欧米人にあるということがよく分かります。
米沢さんの本はこれに加えて、女性という別ファクターに対する抵抗があちこちで書かれていました。やはり米沢さんご自身がこれまでに、多くの抵抗を経験しているのだな~と感じられる文章でした。
2010年2月15日月曜日
2010年2月9日火曜日
石洞美術館
2006年に出来た個人蒐集家の集めた美術品を中心とした美術館です。
場所は北千住ではなく、京成線の千住新橋駅が近いです。歩いて3分です。
この美術館はこんな形をしてますので、直ぐに分かるはずです。
入口はこんな感じ??

私は毎日、日比谷線の通勤電車の隅田川にかかる鉄橋の上から見ています。
前から気にはしていたのですが、あまりに近くて・・・まだ行ってませんでした。
他のブログの評判
絶対に混んでいることはなくゆっくりと見られると思います。
それから、ここに行くなら 千住大橋駅(駅ですよ)の反対側に、最近評判のお蕎麦屋さん
千寿竹やぶ (せんじゅたけやぶ) は如何でしょうか?ここは何年か前まで柏の竹やぶで修行して来た親類がやっているのだそうです。
小さいころはこのあたりまで足を伸ばして、よくヤッチャ場といわれた千住市場に遊びにいっていたのですが・・・・。
そうそう、橋のたもとに公園があり、奥の細道、矢立初めの地と書いてあります。ここが芭蕉庵から舟で着いた芭蕉が、奥の細道の最初に「『行春や鳥啼魚の目は泪』是を矢立の初として、行道なをすゝまず。」と書いたところです。
また、千住新橋を渡ると、100mくらい先には素盞雄(スサノオ)神社があります。
2010年2月6日土曜日
リーゼ・マイトナーは意外と長生き
20世紀前半の放射線関連の業績でノーベル賞の受賞者の
多くはまだ放射線の害にたいする正しい知識を持たなかった
ことから、多くは、研究成果と引き換えに放射線の害を受けて
ていた。
エンリコ・フェルミ 53歳 がん
マリー・キュリー 66歳 白血病
イレーヌ・キュリー 58歳 白血病
ドイツのオットー・ハーンとリーゼ・マイトナーは90歳
近い高齢まで生きていた。これは、測定精度を意識して、
微量な物質の混入を避けるように、常に付着物などのクリーニング
を徹底していたことが幸いしたと言われています。
放射線の被曝は意外と日常茶飯事というと語弊がありますが、
結晶のエックス線解析などをやっていた友人などは、かなり
慎重にやっていたようですが、それでも、小さな被爆事故は
あったようです。
引き続き読み始めたのは、
米沢富美子著の岩波新書 「人物で語る物理入門」下巻
です。新書なので電車の中で読みやすそうです。
それ以外の積読本は
1 行動をデザインする 早稲田渡辺仁史研究室編
2 光琳カルタで読む百人一首
3 電波とラジオの基礎技術
4 オートポイエーシス論入門
5 樹木図によるパーソナリティの理解
6 解決志向の言語学
7 やさしく学べる心理療法の基礎
8 心理療法におけることばの使い方
9 カウンセリングと精神療法
多くはまだ放射線の害にたいする正しい知識を持たなかった
ことから、多くは、研究成果と引き換えに放射線の害を受けて
ていた。
エンリコ・フェルミ 53歳 がん
マリー・キュリー 66歳 白血病
イレーヌ・キュリー 58歳 白血病
ドイツのオットー・ハーンとリーゼ・マイトナーは90歳
近い高齢まで生きていた。これは、測定精度を意識して、
微量な物質の混入を避けるように、常に付着物などのクリーニング
を徹底していたことが幸いしたと言われています。
放射線の被曝は意外と日常茶飯事というと語弊がありますが、
結晶のエックス線解析などをやっていた友人などは、かなり
慎重にやっていたようですが、それでも、小さな被爆事故は
あったようです。
引き続き読み始めたのは、
米沢富美子著の岩波新書 「人物で語る物理入門」下巻
です。新書なので電車の中で読みやすそうです。
それ以外の積読本は
1 行動をデザインする 早稲田渡辺仁史研究室編
2 光琳カルタで読む百人一首
3 電波とラジオの基礎技術
4 オートポイエーシス論入門
5 樹木図によるパーソナリティの理解
6 解決志向の言語学
7 やさしく学べる心理療法の基礎
8 心理療法におけることばの使い方
9 カウンセリングと精神療法
「ウラニウム戦争」 読了

この本の副題は「核開発を競った科学者たち 」というもので、ウラニウムの発見から 核分裂の発見、核分裂連鎖反応の確認、米独の核爆弾開発へのさまざまな科学者の 関与を、最近公開された秘密文書も含めたエビデンスを使って、論証している本です。
特に前半部はキュリー(母と娘)、リーゼ・マイトナーという三人の女性科学者を中 心にマイトナーによる核分裂の発見までを書いています。 後半は、この核分裂の発見から、原爆の開発・使用に関する物語を秘密文書を軸に 書き込んでいます。
この核分裂という物理現象は学校で習っていたときには、ふ~んと聞いていましたが、あらためて、その発見の流れを追うとなかなか面白かったです。簡単に説明しておきましょう。
この核分裂という現象を最初に観察したのは、キュリー(娘の方)でした。 それは、1934年エンリコ・フェルミがウラニウム原子に中性子を衝突させることで、中性子が ウラニウムの原子核に吸収されU239という超ウラニウム元素を生成するとした論文 の追試中の出来事でした。 キュリーが追試した結果、ウランに中性子を照射した時の半減期 3.5Hの放射能元素は ウランより軽いランタンであり、フェルミの予想に反するものでした。 しかし、キュリーは原子物理学者とはいえ、理論的な面ではなく実験面の人であったため、 この事実(ウランの核分裂によりランタンが生成される、本当はその19分前に生成されたバリウム141(141Ba)→(β-崩壊・半減期 18.27分 )→141La ランタンですが)に気付くことはなかった。 当時はラザフォードの原子核モデルのように強固な原子核モデルが想定されており、 原子核が分裂するには大きなエネルギーが必要であると考えられていたので、 分裂という現象自体を想定できなかったという背景もあったようです。
逆に、フェルミの論文を信じ、キュリーの結果の間違えを確認しようとした、ドイツの 物理化学者オットー・ハーンと理論物理学者のリーゼ・マイトナーのドイツの研究者が この現象をボーアの原子核の液滴モデルを適用して理論的に核分裂のプロセスを示した。 正確に言えばハーンは実験結果(生成物としてバリュームを確認)を示し、その解釈をマイトナーが行ったということで共同研究の結果だったわけですが、ハーンはこの業績でノーベル賞を受賞したのですが、ユダヤ人で亡命中だったマイトナーにノーベル賞は授与されませんでした。
ハーン、シュトラスマン、マイトナー、フリッシュによる核分裂現象の発見 (16-03-03-11)
この原子核分裂プロセスでは一方が重く(質量数140程度)、一方は軽い(95程度)核になる。 この重いほうがキュリーの確認したランタンでした。 さらにこの時、2個程度の中性子が生成される。この中性子が次々と別のウラニウムの 原子核分裂を連鎖的に発生させる事が予想され、この核分裂の連鎖反応を制御するのが 原子炉であり、無制御で高速に反応させるものが原爆となるわけです。
ただし、このような核分裂は安定的なウラン238では起こりにくく、ウラン235 という不安定なウランでのみ可能であり、ウラン235は天然のウランの0.7% 程度しか存在しない。原爆の原料とするためには、90%以上までウラン235の 濃度をあげる必要があり、この濃縮ということにより原爆の原料U235を製造していた 工場がオークリッジでした。 広島に落とされた原爆はこのオークリッジ工場が精製したウラン235を原料にした 原爆「リトルボーイ」でした。
さて、広島型原爆「リトルボーイ」ですが、これに先立つ約1カ月前に (1945年7月16日午前5時29分45秒) ニューメキシコの砂漠トリニティ実験場(北緯33.675度、西経106.475度)で 最初の原子爆弾の爆発実験が行われました。 ちなみに、このあたりは、現在はホワイトサンズ(空軍・陸軍)基地などの 軍の施設があり、ミサイル実験やロケットの打ち上げなどに使われています。 スペースシャトルの着陸の悪天候時のバックアップなどに利用される場所でもあります。
この実験に使われた原爆1号機は実は広島に投下された「リトルボーイ」 とはまったく型式の異なる原爆でした。
「リトルボーイ」 はウラン235を材料とするのに対して 実験で使われた原爆1号はプルトニウムを材料とするものでした。 このプルトニウムこそがウラニウム238が1個の中性子を原子核に 取り込んだ、フェルミのいう超ウランです。 pu239 は人工的に作り出され た元素でu235と同様に核分裂反応をおこす元素で、これらは総称して 核分裂性元素と呼ばれるものです。 核分裂性元素は核分裂反応の連鎖を持続できる能力を持つ元素です。
材料の違い以外に、核分裂を起こすメカニズムが違っています。 リトルボーイはgun-type assembly method(銃型) トリニティのほうはimplosion assembly method(爆縮型) と呼ばれるものです。 リトルボーイのほうは、原料のウラニウム235を2つの塊に分け、 片側を爆薬の圧力でもう一方のぶつけ、核分裂連鎖を発生させるタイプ 銃のような構造となるもので、当初想定よりもこの銃の長さが短くなり このために「リトル・・・」という名前になりました。 トリニティの方は、球の中心にプルトニウムを置き周りを爆薬でみたし、 周りの爆薬を同時に爆発させプルトニウムを圧縮して核分裂をさせるもの でした。球体が爆弾の真ん中にあり太った部分があるために「ファットマン」 と呼ばれたという説と、暗号名でチャーチルを想起させたという説の2つが あります。
当時ウラニウム235の濃縮にはかなりの時間がかかり、最終的には「リトルボーイ」の 1発分(50kgと言われている)が準備できていただけだった。実際に核分裂を起こしたのは このうちのわずか1kgのu235と考えられています。
一方、原子炉の稼働により生成されるプルトニウム239は比較的生産は容易であった がウラニウム235に比べて、爆圧爆発方式が複雑であったため、実験により確認する 必要があったとの説が有力です。
なんと、広島に落とされた原爆は、ぶっつけ本番で実験などしないで、実施されたもの でした。このgunアッセンブリ方式は一説によれば、ドイツが考えていた方式であると言われています。
広島に続き長崎に落とされた原爆「ファットマン」はまさにトリニティで実験されたプルトニウムを 原料とした「爆縮」タイプの原爆でした。
トリニティ実験: 1945年7月16日 午前5時29分45秒
広島: 1945年8月 6日 午前8時16分
トリニティ実験から21日後
長崎: 1945年8月 9日 午前11時2分
同 24日後
トリニティの実験から実際に使われるまで、わずか21日、24日で実戦使用されたわけです。 これは、トリニティ実験と並行して、原爆がテニアン島に運ばれており、実験結果によって 現地で対応する体制だったという事です。 ちなみに原爆を運んだ「米重巡洋艦インディアナポリス号」は広島、長崎投下原爆の部品を搭載してサンフランシスコを7月16日出港 、26日原爆部品を降ろし、米国に戻る途中7月30日夜グアム、レイテ島の中間地点で伊号58潜水艦 の魚雷により撃沈されています。もしも、は歴史にはつきものですが、帰りでなく、行きであったら歴史はどう 動いていたのかと・・・・・。
こう書いてみると 北朝鮮やイランなどでの原爆がらみの問題が良く見えてきますね。
登録:
投稿 (Atom)